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いつものように仕事を終えると、
いつものようにジョニーのバーへと向かう。
ジョニーは賢治という名前だが、ジョニーと呼ぶとグラスに注ぐ量が増す。
まぁ、僕以外なのだが・・・
彼はブライアン・セッツアーを崇拝していた。
彼の店には、ストレイ・キャッツのポスターやグレッチのギターが飾られていた。
もちろんBGMもと言いたいところだが、彼は音楽的洗脳を好まない。
比較的落ち着いたモダンジャズ、特にスタン・ゲッツを好んで流していた。
僕はというと、興味の範囲でのロカビリーであって、特に好んで聴く事はなかった。
店に他の客がいなくなり、ジョニーも自分のショットグラスに七面鳥を注ぐ時間になると、決まってブライアン・セッツァー・オーケストラを流す。
興味の範囲でのロカビリー・・・
実際はここで洗脳されたのだろう。
店の看板の灯りを消すと最後の一杯を飲む。
決まって飲むのが、カルバドスだ。
それをブルゴーニュグラスにシングルフィンガー。
語り合うことなく、お互いがうわ言のような事を繰り返す。
「疲れるな?最近。」
「昨日のサッカー見たか?」
「たりいな・・・」
「あ、この曲いつもと違うアレンジだろ?」
「胃が痛ぇな」
「金貸してくんねぇか?」
「ねぇよ!」
いつもならここで氷の入っていないチェイサーを一気に飲み干し、タクシーに同乗しそれぞれの帰路につく。
今日は違っていた。
「おい、行かねぇか?」
「どこにだよ。」
「女性のところさ・・・」
「珍しいな・・・奢りか?」
「まさか」
ジョニーはすでに第二ボタンを外していた。
そして、トレードマークのキャッツアイをかけ、前髪を二摘み前へ垂らした。
「ジョニーよ!今時そんなんモテないぜ。」
「お前よりかはカッコイイだろ?」
僕は中指を立てた状態でジャケットを羽織った。
「今日やるべ・・・例のやつ。」
「またかよ、こないだフツーに引いてたじゃんみんな・・・」
「やろうべ」
「ふざけんなよ」
例のやつとはジョニーの考えた遊びだ。
・指名の子が席を立つ
・その度にじゃんけんをする
・負けたほうが罰ゲームをする
ジョニーの罰ゲームは、キャッツアイをティアドロップにかけかえ、髪をくしゃくしゃにする。
僕の罰ゲームは、タイムボカンのグロッキーさながら、女の子に話す言葉の前に必ず、
「全国の女子高生の皆さん!」
を付ける。
彼にとってはよっぽど屈辱的なことらしいが、どうみても僕の方が分が悪い。
唯一彼がじゃんけんに弱いということが救いだ。
僕とジョニーは目的の店に向かった。
途中僕はメールを打った。
今日指名する予定の女の子に・・・
『僕がじゃんけんに負けたことを悟ったら、速攻でトイレに立て!』
我ながら姑息なことをする・・・・・・・
こうしてジョニーとの夜は更けていく。
そして彼も同じくパラノイア。。。
⑤きぬら・おび・くーろん
藤沢の喪失感はやがて、経験として彼の心の層を厚くする。
彼女と過ごした一ヶ月が彼の人生観を変えた。
人の記憶に行き続ける自分を意識し、自分の存在を再発見するように・・・
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④はれる・かむ・いーろん
二人が出会ってから一ヶ月が過ぎた。
藤沢は週末の度にさくらの家で過ごすようになっていた。
そして合う度にお互いは唇を求め合い、一日に最低2回のセックスをした。
藤沢にはその時付き合っていたカノジョがいたが、さくらと出逢ってからは連絡も取らないようになっていた。
一日に何度もメールが入る。
無視し続けていたら、家まで押しかけてきた。
そのカノジョは将来結婚をも考えているということで、親にも紹介していた。
意味不明な彼の行動にカノジョは錯乱し、親にも詰め寄られた。
さくらの事を言って別れる決意もなかったかれは、優柔不断な笑みを浮かべながら、唯ひたすら謝るだけであった。
ある平日の昼間、藤沢の携帯が鳴った。
さくらからであった。
普段は藤沢が、
『今から行っていい?』
とメールをし、さくらは
『勝手に来れば。』
とメールで返すだけの連絡であった。
お互い電話で話すことなど殆どなかった。
「今から来ない?」
その突然の電話の向こうでさくらは言った。
「仕事中だよ、無理だよ。」
彼はそう答えたが、実際彼の頭では午後どのように抜け出そうかの思案が始まっていた。
「どうしたの?」
とりあえず、彼は聞いてみた。
「逢いたいのよ、物凄く・・・」
そう言うと彼女は電話を切った。
「営業に行ってきます!」
藤沢はそう言って会社を出た。
彼自身もさくらに翻弄されていることには気付いていた。
だが、翻弄され、主導権のない付き合いが彼を心地良くさせているのも事実であった。
豊玉に着き、彼女のアパートへ・・・
呼び鈴を鳴ら前に必ず開くドアがこの日はなかなか開かない。
合鍵を出し、中に入ると、浴室からはシャワーの音。
『なんだシャワー浴びてんのか?』
「来たよ!今日仕事抜けるのはマジ大変だったよ。」
さくらからの返事はない。
さくらの家の冷蔵庫からビールを取り出し、一本飲み終わってもまだ浴室からはシャワーの音が聞こえてくる。
「おーい!いつまで入ってるんだよ!せっかく来てやったのに・・・」
返事はない。
彼は仕方なく浴室へ。
シャワーの音は聞こえるが、人のいる気配が感じられなかった。
「入るよ!」
折れ戸を開けた彼は目の前の光景に、身動きが取れなくなってしまった。
流れ続けるシャワーのお湯。
浴槽に浸かっているさくら。
浴槽のお湯は赤く染まっている。
そして逢う度にさんざん求め合った唇は血の気も失せて紫色に変色していた。
気付くと彼は警察の取調室にいた。
濡れたスーツの裾が、先程見た光景と現実とを結びつける。
「藤沢さん、あなた第一発見者と言うことで通常であれば重要参考人若しくは容疑者ということになるのですが、彼女どうやら自殺ですね。」
藤沢の耳には内容の届かない言葉だけが入ってくる。
「白川さくらさんの自宅に置いてあった日記に自殺をほのめかす内容が沢山書かれていたんですよ。しかも今回貴方を我々が疑うべきではない内容の事が書かれておりまして・・・」
取調官はさくらの日記を差し出した。
内容はさくらの生い立ちや今の環境を恨むような内容だった。
日記は昨日の日付で終わっていた。
そして日記の最後はこう書き添えられていた。
『藤沢はいいやつだ。優柔不断ないいやつだ。あいつにあたしの最後を見届けてもらいたい。藤沢のあの言葉を聞けただけで幸せな人生だったと言える・・・』
2週間前、いつものようにベッドの中で二人は裸で抱き合いながら話していた。
「さくらの生き方云々をとやかく言わない。さくらと今ここで触れ合っているということが大事なんだ。この小さい胸も頬のそばかすも、僕の記憶にある以上、僕の中でしっかりと生き続けていくんだ・・・」
『現実は諦めて断ち切ることは出来るけど、
記憶は現実を超えて人の魂に宿ることが出来る。
あなたの心の中であたしはきっと幸せに生きていくでしょう。』
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③ふきら・たの・りーえん
クラブを出ると、空は薄ら明らいでいた。
「あたし、そういえば店にバイク置きっぱなんだよね・・・」
さくらはそう言うと時計を見た。
時間は5:45。
とりあえず、二人はタクシーで新宿に向かった。
車内で二人は再び激しいキスをした。
新宿に着くまでの20分間ほぼ途切れることなく・・・
「うち来る?」
さくらは藤沢に言った。
「仕事だぜ、今日・・・」
そう、何故か歓迎会は水曜日に行われたのだ。
「バックレちゃえばいい!」
「そだな!」
夜の仕事を終えて帰る人たちと、塵をあさるカラスを横目に彼は上司にメールを打った。
『祖母危篤のため2日ほど休ませていただきます。届出は後日後出しでお願いします。』
「ばっちりだよ!」
「だめリーマンね?」
さくらは笑いヘルメットをかぶった。
「メット、一個しかないのよ。住所教えるから追っかけでよろしく!」
そういってメモに住所を書き、さくらはボアアップしたスーパーカブに乗って颯爽と歌舞伎町を後にした。
チェッカーフラッグ柄のメットがだんだん小さくなっていく。
藤沢は三度タクシーに乗り、目的地練馬区豊玉に向かった・・・
「これ領収書全部切れるかな?」
そんなことを思いながら・・・
目的地に着くと、アパートの部屋の前に先程のスーパーカブが停めてあった。
インターホンを鳴らそうと指を伸ばすと、突然ドアが開き、
「早く入って!」
さくらが藤沢の手を引いた。
「隣に住んでるやつが気持ち悪いのよ!なるべく静かにしてね・・・」
藤沢は促されるがままに部屋に入った。
「汚いけど、気にしないで。」
お世辞にも否定できないほどの部屋であった。
脱いだ服、下着までもが所狭しと足元に散らかっている。
テーブルにはカップめんの残骸と飲み残しの缶ビールが置きっぱなしの状態だ。
「女の子の部屋かね?これは・・・」
「文句あるなら帰って!その辺退かして座ってね。」
藤沢は足元のブラジャーを手に取り黙ってさくらに差し出した。
さくらはさっとそれを奪い取り無造作に後方へ放り投げた。
「腹減ったな?なにかある?」
「ポテチならあるよ。それとチョコ・・・飲み物は?ビール?コーヒー?」
「コーヒーにするかな。」
「適当にやって。」
そう言うとさくらはコーヒーメーカーの方を指差した。
「豆には拘ってるのよね。ほれ!キリマンぢゃろ!!」
藤沢は黙ってコーヒーメーカーを覗き込む。
中にはいつ落としたのか不明な豆の残骸が・・・
「ふぅ〜・・・」
彼は溜息を着き、諦めたかのかのように言った。
「コンビニ行くか?」
するとさくらは、
「じゃあ、アメリカンドッグ買ってきて!それとタバコと缶コーヒー・・・」
携帯をいじりながら言った。
「コーヒーには拘りがあるんじゃないの?」
「屁理屈言う男は嫌われるよ。」
「はぁ〜・・・」
彼は再度溜息を着き、コンビニへと向かった。
さくらの部屋に戻ると、化粧を落とした彼女はベッドに横たわっていた。
「お〜ぃ。買ってきたよ!」
「今はいいや・・・少し寝ない?」
そう言うと彼女は布団に招き入れる素振りをした。
「腹減ってるんだけど・・・」
「寝てしまえば大丈夫よ。」
藤沢は渋々布団に入った。
寝ていた筈の彼女は、パッと目を開け、
「昨晩は至らなかったのよね?藤沢君・・・」
と言い、彼の下半身に手をあてがった。
藤沢もさくらの胸に手をあてた。
「僕、持ってないよ。ゴム・・・」
「いいの、気にしないで。」
「だってさっきは・・・」
「だから!そういう変にクドイ男は嫌われるのよ!」
二人は一つになり、彼も今回は最後まで至ることが出来た。
仕事をサボった藤沢とさくらは一日中裸のままベッドにいた。
そしてお互いのことを語り合った。
驚いたことに彼女は、東京大学の学生だった。
2浪して入学し、現在文Ⅲの1年生という事だった。
静岡から上京し、学費と生活費を稼ぐために風俗でアルバイトしているのだと言う。
お互いのことを語り合うことは決して距離を縮めるものではなく、ただ単に得体の知れないものから友達への過程に過ぎなかった。
行為中も『愛している』だとか『好き』だとかと言う言葉が発せられることはなかった。
彼らは木曜の朝から日曜の夜までの4日間ほぼベッドの上で過ごした。
4日間の間に彼らは8回のセックスをした。
そして日曜の夜、ファミレスで食事をし別れた。
久々のまともな食事だった・・・
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花園神社に向かう途中、藤沢はドーナツ屋でアイスコーヒーを買った。
先程最後まで至らなかった自分の分析をしてみた。
アルコールのせい、時間のせい、緊張感云々・・・
「飲みに行こう!」
と言った手前、アルコールを控えるのは失礼な行為と考えた彼は、このコーヒー一杯でコンディションを調整しようということだった。
『電話くれんのかな?』
花園神社の階段に腰を下ろし、アイスコーヒーを飲みながら彼は電話を待っていた。
時間は24:55。
『やられたな・・・』
諦め掛けたその時、静かな境内に着信音が響き渡った。
「ごめんね。今店長とシフトの打ち合わせしてて遅くなっちゃった。今ダッシュ。」
藤沢はアイスコーヒーを一気に飲み干し彼女の到着を待った。
電話から10分後、チェリーは息を切らせて現れた。
「お待たせ。さぁどこいこっか?」
藤沢はチェリーの腰に手を当て、山手通りのほうへ歩いていった。
反対の手を挙げタクシーを捕まえて彼はドライバーに言った。
「六本木交差点まで・・・」
タクシーを降りると、二人は防衛庁の方へ向かい一件のクラブの前に立った。
「ここにしよう!」
「あら、素敵ね・・・入る前にひとつ聞いていい?」
「何?」
「あなた、名前は?」
そう、ここまでは『客』と『チェリー』のままで何の違和感もなく話をしていた。
「藤沢、藤沢孝義・・・どお?」
彼は親指を立てて言った。
「どお?って言われてもね・・・藤沢君ね?よろしく。あたし、白川さくら・・・どうぞよろしく。」
白川さくらは指でピースマークを作って言った。
「だからチェリーなのね?」
「Right!」
店に入ると藤沢はソファーの席にチェリーを案内すると、カウンターを指差しながら聞いた。
「何飲む?」
「あたし、ラム・コークでいい・・・」
「OK、ちょっと待ってて逃げんなよ!」
そう言うと、カウンターへと向かった。
二人ソファーに並んで座ると、お互いが何の合図もなく激しくキスをした。
周りの目を気にすることなく、ただひたすらお互いの唇を求め合った。
途中喉を潤す休憩時間を除いて二人のその行為は15分以上続いた。
「藤沢君。ここラブホじゃないんだけど。」
彼が顔を上げるとそこに立っていたのは、店のママだった。
「いい加減にしなさいよ!店の品位が落ちるでしょ?」
藤沢とチェリーは何故かお互いの顔を見つめ合い、笑った。
ママも苦笑いし、『やれやれ・・・』というような感じでその場を去った。
「踊ろうか?」
「うん!」
二人はホールの方へ向かった。
その夜はソウルナイト。
70’sがメインなだけあってホールの客層の平均年齢は高く、皆同じようなステップを踏んでいた。
二人は面白おかしくステップを真似て、時間を忘れて踊り通した。
まるで10年来の友人の如く・・・
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