こよみ
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最古だよ!
2008/11/18 (Tue)
とは言っても、アンダーティーンネイジャーの僕がそんな本を買っているわけもなく、高校生の僕の気が違えるほど深くハマってしまった『アメリカン』というものを再確認するため、神田の古本屋を走り回り(実際はゆっくり歩いて回ったものだが)探し当てた雑誌だ。
あれから20年以上たった今、コネと言うコネをコネくり回りようやく完成したダウンジャケットがこれだ!
アメリカンスタンダードを冒涜したサイズレンジ・・・
ダウンワークスよりも古いGPPの伝統・・・
飽きのこないデザインに、きっと飽きのくるワッペンの数々・・・
このアウターはデニムなどで軽くアメリカンなテイストを出す着こなしではなく、ネルやウールのラギッドなパンツにBDシャツを着て軽く羽織って欲しい。
その際はラッセルの『ノックアバウト』ブーツでとことんおかしな格好に徹して欲しい。
熱狂的『米カジ』ファンを落胆させるこのギミックなテイストはこの冬といわず一生付き合っていきたいブランドとして確立される。
GPP 70/30 SEATLE DOWNWORKS SWEATER
PRICE:8万2970円
COLOR:NAVY×NAKED,BROWN×BOMMER,BLACK×BITCH
SIZE:X-MEDIUM(160~168),LITTLE LARGE(165~172),B-LARGE(185~192)
MATERIAL:(SHELL)COTTON70%,NYLON30%
売り切れました。
PR
2008/05/25 (Sun)
基本、自分のウォントをメイクしようとビギンしたんだけど・・・・
疲れるからやめます、ルー語・・・
とりあえず届いたものをアップします。
身長164cmと自称『長身』の僕ですが、着ているサイズは『JL(150)』です。
一日中お腹をへこませておくことのできるエスパー的な人以外は決して真似をしないで下さい。
ちなみに後ろはこんな感じです。
肩に変なものが乗っていますが、気のせいです。
(もちろん商品には付いてきません)
「自分が考えたものが一番だ!」といっている助手的な人の目を盗みました。
(実際作品化するのは僕なのですが)
身長約15mm程度のコロボックルですので参考になるかはわかりませんが、かなり出来栄えは良いです。
この『タヲラー&マフ』はアップ時に印刷範囲を超えてしまいましたが、きちんと修正されてました。(有難いです、UPSOLD・・・)
これからも世の中に出してしまったくだらないものは責任を持って買います。
(発砲系/管理者 著)
2008/04/19 (Sat)
取材当日はあいにくの雨となってしまった。
89年のクランチツアー後突然ミュージックシーンから姿を消した伝説のパンクロックバンド『ケーシー/フーシーズ』が19年ぶりに活動を再開するとの噂に僕はいてもたってもいられなくなり、早速彼等の現在の代理人スティーブ・ゾフ氏に交渉を持ち掛けた。
彼は噂に関しては一切否定せず、取材も快諾してくれた。
彼等を知らない若者には都合の良いPRになると踏んだのだろう。
待ち合わせのクラブの前でカメラマンと機材をおろしていると、僕らの車の後ろに派手なワーゲンが停まった。
「早すぎたかな?」
と言いながらゾフ氏が助手席から降りてきた。
続いてライダースジャケットに千鳥格子のパンツをはいたベースのマイケル・スナイプス(シリル)とこのツアーから新メンバーとして加入したドラムスの佐藤B三郎(アレックス)が何やら話をしながら降りてきた。
まるで車内での決着のつかなかったしりとりを続けているかのごとく・・・
「やぁシリル、久しぶりだね。元気だったかい?」
僕がそう聞くとシリルは親指を立てただけで再びアレックスとの話を続けた。
アレックスは一度僕の方を見て軽く会釈をすると、そのままシリルと共に階段を下りていった。
車の見た目にも劣らなくらいの派手なエンジン音が止まると、運転席からギター&ボーカルのドワイト・イグシニコフ(イギー)が現れた。
ラペルの狭い紺のテーラードジャケットに細身のウールパンツ、足元は彼の象徴ともいえるチェルシーブーツがピカピカにポリッシュされていた。
襟元にはなんというのだろう・・・象やシェルの刺繍のされたタイがダブルノットで巻かれているのだが、普通の人間であれば『趣味の悪い』部類に入るのだが、彼のそれは見事にマッチしていたのだ。
イギーは僕に近づいてきて、
「ネクタイが何か?」
と一言いうとアレックスとシリルに続いて階段を下りていった。
僕もカメラマンと共に地下に下りていった。
窓がないので外の光が入ってくる訳ではないが、昼間のクラブは妙に明るく感じられた。
本誌記者(以下『記』);クランチ以来全くバンドとして活動していなかったが、それは巷での噂〔前ドラマー、チュムリ・カッツ(タチ)とドワイト・イグシニコフとの確執、音楽性の不一致、カッツの失踪等〕の通りと思っていていいのかい?君達は一切口を閉じてしまった。
ドワイト・イグシニコフ(以下『イ』);噂を否定するのは言い訳をすることと同じだから敢えて否定はしないが、僕とタチは産まれたベッドも隣り合わせの幼馴染さ。今でも精神的に繋がっている。一つだけ言える事はみんなあの時は疲れていたんだ。
マイケル・スナイプス(以下『ス』);そうだな・・・遊びに行っても、そうこんなクラブで踊っていても、音楽が締め付けてくるような感覚になっていたな。童謡を聴いているくらいが丁度良かったよ(笑)。
記;まぁ、過去のことは敢えて詮索しないでおこう・・・ところで今回のツアーの目的は?
イ;今の音楽雑誌って宣伝ばかりでどこか商業的だよね。有名なアーティストのインタビューっていっても内容のないくだらないものばかりだし、古き良きを追い続けて今のアーティストはみんな過去の遺物をリスペクトしている風に取り上げている。まぁ、そんなことはどうでもいいとして、なんとなく『ツアーやる!』って言ったら取材とかくるんぢゃないかなって軽い気持ちでっていうのが正直なところかな。
記;いきなりきたね?『フーシーズ』はこうでなくっちゃね・・・今回、新たにドラマーを迎えて新生『フーシーズ』のスタートというところだけど、アレックス、自己紹介とかしてよ。
佐藤B三郎(以下『三』);恥ずかしいからいいよ・・・
記;何故彼を今回のツアーから加えたのか、イギー説明してよ。
イ;Xワイフの弟の友達だったんだけど、慰謝料代わりに使ったみたんだ。そうしたらさ案外いけんのよ!『デイヴ・グロール』バリにね(笑)。まぁ、メロンパンとかわざわざ電車で買いに行ってくれる様なやつだから信用できるしね。
ス;こないだなんか、こいつ『なめらかプリン』のなめらかさの秘密を池袋東武まで聞きにいったし・・・クールではないがいいやつだよ。おしいね?
三;何が『おしい』のか分からないけど、このバンドのメンバーとして活動できることを誇りに思っているよ。ドラムセットとか買わなくて済んだし・・・
記;そして、今回のツアーではどこを回る予定?
イ;三重なんかいいね?そう伊勢・・・今でもたまにプライベートで行くんだけど、あそこは日本の『イビザ』だね?住みたいくらいだよ。
記;この19年の間お互いに交流はあったの?アレックスはいいとして(笑)、シリルは他のバンドで活躍していたし、イギーは全く別のジャンルで活動をしていたね?
イ;この世にアルコールがある限り、僕らの関係は終わらないよ(笑)。本来一番働かなきゃならない時代をお互い懸命に自分を模索していたんだ。
三;そんな彼らの活躍を外で見ていてリスペクトしていたんだ。
イ;おまえ・・・残念だったな?今日の禁止ワードはそれだよ。『リスペクト』・・・
三;あんたもさっき言ってたぢゃないか!
イ;話の流れも重要なんだよ。さっきのはある意味例外。
三;そんなのありかよ!
ス;おまえ何年僕らと付き合ってるんだ?浅さを恥じた方がいいな(笑)。
こんな会話がその後3時間も続いた。
もっと核心に迫る言葉も出てきたが、それは彼らのライヴを見た感覚でそれぞれ判断してもらった方が良いだろう。
2008年、新生『KC/WHO SHE’S』が動き始めた。
89年のクランチツアー後突然ミュージックシーンから姿を消した伝説のパンクロックバンド『ケーシー/フーシーズ』が19年ぶりに活動を再開するとの噂に僕はいてもたってもいられなくなり、早速彼等の現在の代理人スティーブ・ゾフ氏に交渉を持ち掛けた。
彼は噂に関しては一切否定せず、取材も快諾してくれた。
彼等を知らない若者には都合の良いPRになると踏んだのだろう。
待ち合わせのクラブの前でカメラマンと機材をおろしていると、僕らの車の後ろに派手なワーゲンが停まった。
「早すぎたかな?」
と言いながらゾフ氏が助手席から降りてきた。
続いてライダースジャケットに千鳥格子のパンツをはいたベースのマイケル・スナイプス(シリル)とこのツアーから新メンバーとして加入したドラムスの佐藤B三郎(アレックス)が何やら話をしながら降りてきた。
まるで車内での決着のつかなかったしりとりを続けているかのごとく・・・
「やぁシリル、久しぶりだね。元気だったかい?」
僕がそう聞くとシリルは親指を立てただけで再びアレックスとの話を続けた。
アレックスは一度僕の方を見て軽く会釈をすると、そのままシリルと共に階段を下りていった。
車の見た目にも劣らなくらいの派手なエンジン音が止まると、運転席からギター&ボーカルのドワイト・イグシニコフ(イギー)が現れた。
ラペルの狭い紺のテーラードジャケットに細身のウールパンツ、足元は彼の象徴ともいえるチェルシーブーツがピカピカにポリッシュされていた。
襟元にはなんというのだろう・・・象やシェルの刺繍のされたタイがダブルノットで巻かれているのだが、普通の人間であれば『趣味の悪い』部類に入るのだが、彼のそれは見事にマッチしていたのだ。
イギーは僕に近づいてきて、
「ネクタイが何か?」
と一言いうとアレックスとシリルに続いて階段を下りていった。
僕もカメラマンと共に地下に下りていった。
窓がないので外の光が入ってくる訳ではないが、昼間のクラブは妙に明るく感じられた。
本誌記者(以下『記』);クランチ以来全くバンドとして活動していなかったが、それは巷での噂〔前ドラマー、チュムリ・カッツ(タチ)とドワイト・イグシニコフとの確執、音楽性の不一致、カッツの失踪等〕の通りと思っていていいのかい?君達は一切口を閉じてしまった。
ドワイト・イグシニコフ(以下『イ』);噂を否定するのは言い訳をすることと同じだから敢えて否定はしないが、僕とタチは産まれたベッドも隣り合わせの幼馴染さ。今でも精神的に繋がっている。一つだけ言える事はみんなあの時は疲れていたんだ。
マイケル・スナイプス(以下『ス』);そうだな・・・遊びに行っても、そうこんなクラブで踊っていても、音楽が締め付けてくるような感覚になっていたな。童謡を聴いているくらいが丁度良かったよ(笑)。
記;まぁ、過去のことは敢えて詮索しないでおこう・・・ところで今回のツアーの目的は?
イ;今の音楽雑誌って宣伝ばかりでどこか商業的だよね。有名なアーティストのインタビューっていっても内容のないくだらないものばかりだし、古き良きを追い続けて今のアーティストはみんな過去の遺物をリスペクトしている風に取り上げている。まぁ、そんなことはどうでもいいとして、なんとなく『ツアーやる!』って言ったら取材とかくるんぢゃないかなって軽い気持ちでっていうのが正直なところかな。
記;いきなりきたね?『フーシーズ』はこうでなくっちゃね・・・今回、新たにドラマーを迎えて新生『フーシーズ』のスタートというところだけど、アレックス、自己紹介とかしてよ。
佐藤B三郎(以下『三』);恥ずかしいからいいよ・・・
記;何故彼を今回のツアーから加えたのか、イギー説明してよ。
イ;Xワイフの弟の友達だったんだけど、慰謝料代わりに使ったみたんだ。そうしたらさ案外いけんのよ!『デイヴ・グロール』バリにね(笑)。まぁ、メロンパンとかわざわざ電車で買いに行ってくれる様なやつだから信用できるしね。
ス;こないだなんか、こいつ『なめらかプリン』のなめらかさの秘密を池袋東武まで聞きにいったし・・・クールではないがいいやつだよ。おしいね?
三;何が『おしい』のか分からないけど、このバンドのメンバーとして活動できることを誇りに思っているよ。ドラムセットとか買わなくて済んだし・・・
記;そして、今回のツアーではどこを回る予定?
イ;三重なんかいいね?そう伊勢・・・今でもたまにプライベートで行くんだけど、あそこは日本の『イビザ』だね?住みたいくらいだよ。
記;この19年の間お互いに交流はあったの?アレックスはいいとして(笑)、シリルは他のバンドで活躍していたし、イギーは全く別のジャンルで活動をしていたね?
イ;この世にアルコールがある限り、僕らの関係は終わらないよ(笑)。本来一番働かなきゃならない時代をお互い懸命に自分を模索していたんだ。
三;そんな彼らの活躍を外で見ていてリスペクトしていたんだ。
イ;おまえ・・・残念だったな?今日の禁止ワードはそれだよ。『リスペクト』・・・
三;あんたもさっき言ってたぢゃないか!
イ;話の流れも重要なんだよ。さっきのはある意味例外。
三;そんなのありかよ!
ス;おまえ何年僕らと付き合ってるんだ?浅さを恥じた方がいいな(笑)。
こんな会話がその後3時間も続いた。
もっと核心に迫る言葉も出てきたが、それは彼らのライヴを見た感覚でそれぞれ判断してもらった方が良いだろう。
2008年、新生『KC/WHO SHE’S』が動き始めた。
2008/04/19 (Sat)
アップルコンピューターへの羨望ではない。
新たにマックを買う気もない。(懸賞はたまに送っている)
0S Xも快適に動いているし、基本的にあれは部屋のオブジェだ。
でもどんなに仕事でPCを使っていても、必ず聞く『ボォ~ン』・・・
ただ何だろう?
マイクロソフト・・・
窓を開くことに何の喜びも感じられない。
「仕事してください・・・」
「絵を描いてください・・・」
「違法に音楽を焼いてください・・・」
事務的に開かれる窓。
浮気性なのかな?
おまえにはちょっぴり飽きたよ。
だからってVista?
そういうんぢゃないんだな・・・
そんなことを考えていたら、友人のマック使いが、
「うちのカミさんのWinが壊れたんで、この際だからLinuxに代えてみたよ。どうせネットしか見ないんだし・・・なんて思っていたら、あれは面白いね?」
なんて言ってきた。
以前自作をしまっくっていた時は真剣にLinuxの導入を考えていた。
でも、僕のPC利用の大半はIllustratorだ。
W&Mの両OSに頼るしかない・・・と諦めたものだった。
しかし風邪の噂で、WIN環境でもブート分けをしてLinuxが使えるという情報が入ってきた。
早速僕は蔦屋で立ち読みをし、その方法を検証してみた。
早速HDDを増設し、新たなパーテーションを作り、ダウンロードしたソフトをDVDに焼き、DVDでブートしてかなり精度の高い『Ubuntu』をインストールしようとしてみた。
DVDで立ち上がり音はしているのだが、画面が点かない・・・
強制終了して再び起動。
今度はブートメニューに詳細変更の項目があることに気付き、モニターの設定を変えてみた。
音さえもしない・・・
初日僕は諦めて寝る事にした。
翌日、もう一度蔦屋行き再度検証してみた。(買えよ!)
どうやら、モニターによっては相性の合わないものもあるらしい。
『やっぱ根本か・・・』
と諦めて本を閉じようとしたら、『FlyakiteOSX』というものが目に飛び込んできた。
その昔、『AQUAなんとか』っていうデスクトップテーマを使用していたことがあったが、それの『Leopard』版ね?なんてインストールしてみたら、OSの導入くらいの時間が掛かって、しかも再ブートし始めた。
再起動すると『ようこそ』の画面がグレーになり、真ん中には林檎。
完全に魂を売るためのカスタマイズツールだったんだ。
おまけに画面下にはDockが新設されている。
もともとWinカスタマイズツールのオブジェクト・ドックを使っていたので、マウスを持っていくとダブってウニウニ動く。
元々使っていたDockをアンインストールし、完璧な『マック風』の完成だ。
その日は夜も遅くなり僕はそのまま寝てしまった。
すっかりLinuxのことなんて忘れていた・・・
そのまた翌日、そろそろ車で聴くCDのバリエーションを増やそうと、貯めに貯めた音源をCDに焼こうと『iTunes』と立ち上げようとしたところ、マックエラー音が鳴り問題発生。
起動しないのだ。
その他にも、『Safari』なども立ち上げてみたが駄目だった。
仕方なく仕事でもしようと、『Excel』ファイルを開こうとしたが、同じくマックエラー音のみ・・・
大変だ!
すぐに問題はこの『マックもどき』にあると判断した僕は、アンインストール開始。
でもこういう起動に絡むソフトって、きれいに消えてくれなんだよね。
いろいろやってみたが諦めて、約一週間前の環境にPCを戻すことにした。
再起動と共に現れるあのWin独特の緑の丘の風景・・・
『FlyakiteOSX』の邪魔をしていたカスタマイズ・キットは全て消してしまっていたのだから仕方がない。
どうにか動かなかったソフトの起動も確認し、カスタマイズ・キットの再インストール。
この際だから壁紙も新調しよう!と作ったのがこれ。
↓
ドックの中のアイコンを全てパープルで統一し、壁紙はメタル調に、そしてスマイルのアイコンはダミー・・・
このPCを触った人はみんなこのアイコンをクリックしていました。
どうにかお気に入りの環境に整えネットを閲覧していると、忘れかけていた『Linux』の記事。
どうやら『Wubi』というソフトを使えば、Winを起動しながら『Ubuntu』をインストールできるらしいのだ。
Win起動状態でのBOOTなので、すんなり『Ubuntu』が立ち上がりました。
しかも全く手間のかからないインストール作業。
HDDの領域もさほど侵してはいない。
右下の四角をクリックすると、画面が右左に動く・・・
『すげえ!』
こっちでネット、こっちで画像編集・・・
まぁいっぺんにすることは殆どないけどね。
インストールできたことに満足した僕は、これから『Ubuntu』をどれだけ使うのだろうか・・・
今これを書いているのもWin環境下だ・・・