こよみ
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最古だよ!
2008/04/19 (Sat)
取材当日はあいにくの雨となってしまった。
89年のクランチツアー後突然ミュージックシーンから姿を消した伝説のパンクロックバンド『ケーシー/フーシーズ』が19年ぶりに活動を再開するとの噂に僕はいてもたってもいられなくなり、早速彼等の現在の代理人スティーブ・ゾフ氏に交渉を持ち掛けた。
彼は噂に関しては一切否定せず、取材も快諾してくれた。
彼等を知らない若者には都合の良いPRになると踏んだのだろう。
待ち合わせのクラブの前でカメラマンと機材をおろしていると、僕らの車の後ろに派手なワーゲンが停まった。
「早すぎたかな?」
と言いながらゾフ氏が助手席から降りてきた。
続いてライダースジャケットに千鳥格子のパンツをはいたベースのマイケル・スナイプス(シリル)とこのツアーから新メンバーとして加入したドラムスの佐藤B三郎(アレックス)が何やら話をしながら降りてきた。
まるで車内での決着のつかなかったしりとりを続けているかのごとく・・・
「やぁシリル、久しぶりだね。元気だったかい?」
僕がそう聞くとシリルは親指を立てただけで再びアレックスとの話を続けた。
アレックスは一度僕の方を見て軽く会釈をすると、そのままシリルと共に階段を下りていった。
車の見た目にも劣らなくらいの派手なエンジン音が止まると、運転席からギター&ボーカルのドワイト・イグシニコフ(イギー)が現れた。
ラペルの狭い紺のテーラードジャケットに細身のウールパンツ、足元は彼の象徴ともいえるチェルシーブーツがピカピカにポリッシュされていた。
襟元にはなんというのだろう・・・象やシェルの刺繍のされたタイがダブルノットで巻かれているのだが、普通の人間であれば『趣味の悪い』部類に入るのだが、彼のそれは見事にマッチしていたのだ。
イギーは僕に近づいてきて、
「ネクタイが何か?」
と一言いうとアレックスとシリルに続いて階段を下りていった。
僕もカメラマンと共に地下に下りていった。
窓がないので外の光が入ってくる訳ではないが、昼間のクラブは妙に明るく感じられた。
本誌記者(以下『記』);クランチ以来全くバンドとして活動していなかったが、それは巷での噂〔前ドラマー、チュムリ・カッツ(タチ)とドワイト・イグシニコフとの確執、音楽性の不一致、カッツの失踪等〕の通りと思っていていいのかい?君達は一切口を閉じてしまった。
ドワイト・イグシニコフ(以下『イ』);噂を否定するのは言い訳をすることと同じだから敢えて否定はしないが、僕とタチは産まれたベッドも隣り合わせの幼馴染さ。今でも精神的に繋がっている。一つだけ言える事はみんなあの時は疲れていたんだ。
マイケル・スナイプス(以下『ス』);そうだな・・・遊びに行っても、そうこんなクラブで踊っていても、音楽が締め付けてくるような感覚になっていたな。童謡を聴いているくらいが丁度良かったよ(笑)。
記;まぁ、過去のことは敢えて詮索しないでおこう・・・ところで今回のツアーの目的は?
イ;今の音楽雑誌って宣伝ばかりでどこか商業的だよね。有名なアーティストのインタビューっていっても内容のないくだらないものばかりだし、古き良きを追い続けて今のアーティストはみんな過去の遺物をリスペクトしている風に取り上げている。まぁ、そんなことはどうでもいいとして、なんとなく『ツアーやる!』って言ったら取材とかくるんぢゃないかなって軽い気持ちでっていうのが正直なところかな。
記;いきなりきたね?『フーシーズ』はこうでなくっちゃね・・・今回、新たにドラマーを迎えて新生『フーシーズ』のスタートというところだけど、アレックス、自己紹介とかしてよ。
佐藤B三郎(以下『三』);恥ずかしいからいいよ・・・
記;何故彼を今回のツアーから加えたのか、イギー説明してよ。
イ;Xワイフの弟の友達だったんだけど、慰謝料代わりに使ったみたんだ。そうしたらさ案外いけんのよ!『デイヴ・グロール』バリにね(笑)。まぁ、メロンパンとかわざわざ電車で買いに行ってくれる様なやつだから信用できるしね。
ス;こないだなんか、こいつ『なめらかプリン』のなめらかさの秘密を池袋東武まで聞きにいったし・・・クールではないがいいやつだよ。おしいね?
三;何が『おしい』のか分からないけど、このバンドのメンバーとして活動できることを誇りに思っているよ。ドラムセットとか買わなくて済んだし・・・
記;そして、今回のツアーではどこを回る予定?
イ;三重なんかいいね?そう伊勢・・・今でもたまにプライベートで行くんだけど、あそこは日本の『イビザ』だね?住みたいくらいだよ。
記;この19年の間お互いに交流はあったの?アレックスはいいとして(笑)、シリルは他のバンドで活躍していたし、イギーは全く別のジャンルで活動をしていたね?
イ;この世にアルコールがある限り、僕らの関係は終わらないよ(笑)。本来一番働かなきゃならない時代をお互い懸命に自分を模索していたんだ。
三;そんな彼らの活躍を外で見ていてリスペクトしていたんだ。
イ;おまえ・・・残念だったな?今日の禁止ワードはそれだよ。『リスペクト』・・・
三;あんたもさっき言ってたぢゃないか!
イ;話の流れも重要なんだよ。さっきのはある意味例外。
三;そんなのありかよ!
ス;おまえ何年僕らと付き合ってるんだ?浅さを恥じた方がいいな(笑)。
こんな会話がその後3時間も続いた。
もっと核心に迫る言葉も出てきたが、それは彼らのライヴを見た感覚でそれぞれ判断してもらった方が良いだろう。
2008年、新生『KC/WHO SHE’S』が動き始めた。
89年のクランチツアー後突然ミュージックシーンから姿を消した伝説のパンクロックバンド『ケーシー/フーシーズ』が19年ぶりに活動を再開するとの噂に僕はいてもたってもいられなくなり、早速彼等の現在の代理人スティーブ・ゾフ氏に交渉を持ち掛けた。
彼は噂に関しては一切否定せず、取材も快諾してくれた。
彼等を知らない若者には都合の良いPRになると踏んだのだろう。
待ち合わせのクラブの前でカメラマンと機材をおろしていると、僕らの車の後ろに派手なワーゲンが停まった。
「早すぎたかな?」
と言いながらゾフ氏が助手席から降りてきた。
続いてライダースジャケットに千鳥格子のパンツをはいたベースのマイケル・スナイプス(シリル)とこのツアーから新メンバーとして加入したドラムスの佐藤B三郎(アレックス)が何やら話をしながら降りてきた。
まるで車内での決着のつかなかったしりとりを続けているかのごとく・・・
「やぁシリル、久しぶりだね。元気だったかい?」
僕がそう聞くとシリルは親指を立てただけで再びアレックスとの話を続けた。
アレックスは一度僕の方を見て軽く会釈をすると、そのままシリルと共に階段を下りていった。
車の見た目にも劣らなくらいの派手なエンジン音が止まると、運転席からギター&ボーカルのドワイト・イグシニコフ(イギー)が現れた。
ラペルの狭い紺のテーラードジャケットに細身のウールパンツ、足元は彼の象徴ともいえるチェルシーブーツがピカピカにポリッシュされていた。
襟元にはなんというのだろう・・・象やシェルの刺繍のされたタイがダブルノットで巻かれているのだが、普通の人間であれば『趣味の悪い』部類に入るのだが、彼のそれは見事にマッチしていたのだ。
イギーは僕に近づいてきて、
「ネクタイが何か?」
と一言いうとアレックスとシリルに続いて階段を下りていった。
僕もカメラマンと共に地下に下りていった。
窓がないので外の光が入ってくる訳ではないが、昼間のクラブは妙に明るく感じられた。
本誌記者(以下『記』);クランチ以来全くバンドとして活動していなかったが、それは巷での噂〔前ドラマー、チュムリ・カッツ(タチ)とドワイト・イグシニコフとの確執、音楽性の不一致、カッツの失踪等〕の通りと思っていていいのかい?君達は一切口を閉じてしまった。
ドワイト・イグシニコフ(以下『イ』);噂を否定するのは言い訳をすることと同じだから敢えて否定はしないが、僕とタチは産まれたベッドも隣り合わせの幼馴染さ。今でも精神的に繋がっている。一つだけ言える事はみんなあの時は疲れていたんだ。
マイケル・スナイプス(以下『ス』);そうだな・・・遊びに行っても、そうこんなクラブで踊っていても、音楽が締め付けてくるような感覚になっていたな。童謡を聴いているくらいが丁度良かったよ(笑)。
記;まぁ、過去のことは敢えて詮索しないでおこう・・・ところで今回のツアーの目的は?
イ;今の音楽雑誌って宣伝ばかりでどこか商業的だよね。有名なアーティストのインタビューっていっても内容のないくだらないものばかりだし、古き良きを追い続けて今のアーティストはみんな過去の遺物をリスペクトしている風に取り上げている。まぁ、そんなことはどうでもいいとして、なんとなく『ツアーやる!』って言ったら取材とかくるんぢゃないかなって軽い気持ちでっていうのが正直なところかな。
記;いきなりきたね?『フーシーズ』はこうでなくっちゃね・・・今回、新たにドラマーを迎えて新生『フーシーズ』のスタートというところだけど、アレックス、自己紹介とかしてよ。
佐藤B三郎(以下『三』);恥ずかしいからいいよ・・・
記;何故彼を今回のツアーから加えたのか、イギー説明してよ。
イ;Xワイフの弟の友達だったんだけど、慰謝料代わりに使ったみたんだ。そうしたらさ案外いけんのよ!『デイヴ・グロール』バリにね(笑)。まぁ、メロンパンとかわざわざ電車で買いに行ってくれる様なやつだから信用できるしね。
ス;こないだなんか、こいつ『なめらかプリン』のなめらかさの秘密を池袋東武まで聞きにいったし・・・クールではないがいいやつだよ。おしいね?
三;何が『おしい』のか分からないけど、このバンドのメンバーとして活動できることを誇りに思っているよ。ドラムセットとか買わなくて済んだし・・・
記;そして、今回のツアーではどこを回る予定?
イ;三重なんかいいね?そう伊勢・・・今でもたまにプライベートで行くんだけど、あそこは日本の『イビザ』だね?住みたいくらいだよ。
記;この19年の間お互いに交流はあったの?アレックスはいいとして(笑)、シリルは他のバンドで活躍していたし、イギーは全く別のジャンルで活動をしていたね?
イ;この世にアルコールがある限り、僕らの関係は終わらないよ(笑)。本来一番働かなきゃならない時代をお互い懸命に自分を模索していたんだ。
三;そんな彼らの活躍を外で見ていてリスペクトしていたんだ。
イ;おまえ・・・残念だったな?今日の禁止ワードはそれだよ。『リスペクト』・・・
三;あんたもさっき言ってたぢゃないか!
イ;話の流れも重要なんだよ。さっきのはある意味例外。
三;そんなのありかよ!
ス;おまえ何年僕らと付き合ってるんだ?浅さを恥じた方がいいな(笑)。
こんな会話がその後3時間も続いた。
もっと核心に迫る言葉も出てきたが、それは彼らのライヴを見た感覚でそれぞれ判断してもらった方が良いだろう。
2008年、新生『KC/WHO SHE’S』が動き始めた。
2008/04/19 (Sat)
アップルコンピューターへの羨望ではない。
新たにマックを買う気もない。(懸賞はたまに送っている)
0S Xも快適に動いているし、基本的にあれは部屋のオブジェだ。
でもどんなに仕事でPCを使っていても、必ず聞く『ボォ~ン』・・・
ただ何だろう?
マイクロソフト・・・
窓を開くことに何の喜びも感じられない。
「仕事してください・・・」
「絵を描いてください・・・」
「違法に音楽を焼いてください・・・」
事務的に開かれる窓。
浮気性なのかな?
おまえにはちょっぴり飽きたよ。
だからってVista?
そういうんぢゃないんだな・・・
そんなことを考えていたら、友人のマック使いが、
「うちのカミさんのWinが壊れたんで、この際だからLinuxに代えてみたよ。どうせネットしか見ないんだし・・・なんて思っていたら、あれは面白いね?」
なんて言ってきた。
以前自作をしまっくっていた時は真剣にLinuxの導入を考えていた。
でも、僕のPC利用の大半はIllustratorだ。
W&Mの両OSに頼るしかない・・・と諦めたものだった。
しかし風邪の噂で、WIN環境でもブート分けをしてLinuxが使えるという情報が入ってきた。
早速僕は蔦屋で立ち読みをし、その方法を検証してみた。
早速HDDを増設し、新たなパーテーションを作り、ダウンロードしたソフトをDVDに焼き、DVDでブートしてかなり精度の高い『Ubuntu』をインストールしようとしてみた。
DVDで立ち上がり音はしているのだが、画面が点かない・・・
強制終了して再び起動。
今度はブートメニューに詳細変更の項目があることに気付き、モニターの設定を変えてみた。
音さえもしない・・・
初日僕は諦めて寝る事にした。
翌日、もう一度蔦屋行き再度検証してみた。(買えよ!)
どうやら、モニターによっては相性の合わないものもあるらしい。
『やっぱ根本か・・・』
と諦めて本を閉じようとしたら、『FlyakiteOSX』というものが目に飛び込んできた。
その昔、『AQUAなんとか』っていうデスクトップテーマを使用していたことがあったが、それの『Leopard』版ね?なんてインストールしてみたら、OSの導入くらいの時間が掛かって、しかも再ブートし始めた。
再起動すると『ようこそ』の画面がグレーになり、真ん中には林檎。
完全に魂を売るためのカスタマイズツールだったんだ。
おまけに画面下にはDockが新設されている。
もともとWinカスタマイズツールのオブジェクト・ドックを使っていたので、マウスを持っていくとダブってウニウニ動く。
元々使っていたDockをアンインストールし、完璧な『マック風』の完成だ。
その日は夜も遅くなり僕はそのまま寝てしまった。
すっかりLinuxのことなんて忘れていた・・・
そのまた翌日、そろそろ車で聴くCDのバリエーションを増やそうと、貯めに貯めた音源をCDに焼こうと『iTunes』と立ち上げようとしたところ、マックエラー音が鳴り問題発生。
起動しないのだ。
その他にも、『Safari』なども立ち上げてみたが駄目だった。
仕方なく仕事でもしようと、『Excel』ファイルを開こうとしたが、同じくマックエラー音のみ・・・
大変だ!
すぐに問題はこの『マックもどき』にあると判断した僕は、アンインストール開始。
でもこういう起動に絡むソフトって、きれいに消えてくれなんだよね。
いろいろやってみたが諦めて、約一週間前の環境にPCを戻すことにした。
再起動と共に現れるあのWin独特の緑の丘の風景・・・
『FlyakiteOSX』の邪魔をしていたカスタマイズ・キットは全て消してしまっていたのだから仕方がない。
どうにか動かなかったソフトの起動も確認し、カスタマイズ・キットの再インストール。
この際だから壁紙も新調しよう!と作ったのがこれ。
↓
ドックの中のアイコンを全てパープルで統一し、壁紙はメタル調に、そしてスマイルのアイコンはダミー・・・
このPCを触った人はみんなこのアイコンをクリックしていました。
どうにかお気に入りの環境に整えネットを閲覧していると、忘れかけていた『Linux』の記事。
どうやら『Wubi』というソフトを使えば、Winを起動しながら『Ubuntu』をインストールできるらしいのだ。
Win起動状態でのBOOTなので、すんなり『Ubuntu』が立ち上がりました。
しかも全く手間のかからないインストール作業。
HDDの領域もさほど侵してはいない。
右下の四角をクリックすると、画面が右左に動く・・・
『すげえ!』
こっちでネット、こっちで画像編集・・・
まぁいっぺんにすることは殆どないけどね。
インストールできたことに満足した僕は、これから『Ubuntu』をどれだけ使うのだろうか・・・
今これを書いているのもWin環境下だ・・・
2008/04/13 (Sun)
あなたがジンとくる時は
あたしもジンとくるんです
さいだぁ~あ~
さいだぁ~あ~♪
「俺に言わせれば巨人が弱いのは云々カンヌン・・・」
余計なことを聞いてしまった。
開幕したのもいつか知らないくせに、興味の全くないことで会話を繋ごうとした僕が悪かった。
その『俺』は延々それらしい話をし始めてしまった。
僕は原選手?がどうやらを聞き流しながら、全く別なことを考えていた。
それは名案。
そうだよ!名案だよ。
という訳で、僕は『全国世界の国ではどうのこうの委員会会長』となった。
皆さんその時々に『俺が』、『僕が』、『あたしのカレシが』というセンテンスを使用している。
自己顕示欲旺盛の僕も間違いなくそうなのだが、聞き手の立場では非常につらい場面も多い。
だからこそ『自分が』をちょっと我慢して、例えば、
「フランスでは・・・」
とかに置き換えてみたら、とてもお互いが愉快な感じになるだろうと思ったのだ。
「フランスでは、巨人が弱いのは・・・」
とくれば、
「球団という社会へのダダ的な活動思想が根底にあると言われている。」
って繋がっちゃえば、どうせ聞かなくてもいい話だって思える。
「俺が子供の頃はそんなこと出来て当たり前だ(のクラッカー)!」
を委員会的に訳すと、
「ロシアでは子供の頃それが出来るのは、当たり前のこととされていたらしい・・・それは罪なのか罰なのか・・・」
となって、どうでもいい話に拍車がかかる。
「トリニダード・トバゴでは・・・」
にしてみよう。
何となくワールドワイドな感じがして、青山テルマも感心だ。
2008/04/11 (Fri)
「おまえはあまり荷物とか運ばないから、車交換だ!」
指令(上司)の一言で僕は『AD00号』通称『零号機』をおろされた。
代わりに与えられたのは『人生』という名の660ccだった。
都合とは良くなる一方の言葉のように、願ったり叶ったりの結果だ。
もともと『零号機』を与えられる前、『ワゴンR指定』が僕のためにやってくるのだろう、と思っていたのだが、『比較的荷物を運ぶ人』に当時は認定されたためやってきたのがそれであった。
AM Redioしか聴けない、スピーカーが申し訳なさそうにチューナーの隣に付いている。(しかも音はそこからしか出てこない)
無意味に長いフェンダー。
硬いサスペンション・・・
3年も操縦していたので、慣れと諦めでどうでもよくなっていたときにこの朗報だ。
CDも付いているし、『j-wave』も聴ける・・・秀島史香が聴ける・・・
でも喜ぶと天邪鬼な指令(上司)の気分が変わりそうだから、
「軽ですか?あまり荷物積めませんね・・・」
的な不平を言ってみて彼を喜ばせた。
しかもETCの条件付で換えてくれるという。
『It's my Life♪』そのものだ!
今日も雨とはいえ快適に『No Music,No Life』していると、細い路地から飛び出してくる黒い物体があった。
危なくぶつかりそうになり慌ててブレーキを踏んだが、その黒い物体は『フォ~ン』という音と共に僕と垣根の間をすり抜けていった。
「な、ナイトライダーだ!な、な、ナイト2000だ!!」
僕は思わす声を上げてしまった。

僕はよく黒い僕の『イグニス号(スイフト)』に、
「KITT、今日も元気かい?」
なんて話しかけることがある。
ハタからみたら悲しい光景なのかもしれないが、黒いそれは僕にとっての『ナイト2000』なのだ。
『マイケル、そうでもないよ。』
なんて答えてくれそうな感じさえしていた。
でも本物には到底叶わない。
早速僕は友人の池谷君に電話をした。
「おい・・・な、な、ナイト2000見たよ!すげぇだろ?」
池谷君は少し迷惑そうに答えた。
「どうせただの黒い『トランザム』だろ?ていうか3年ぶりに電話を掛けてきてそれか?」
彼の計算の早さは昔から有名だった。
いきなり3年ぶりなんて僕には計算できない。
とりあえず何とか『ナイトライダー』談義に花を咲かせるため、次回の会合の約束まで扱ぎ付ける事が出来た。
池谷君と僕は高校時代、学校帰り神保町によく寄った。
散々古本屋を梯子して、古い雑誌や詩集などを買い漁り、『武家屋敷』と呼んでいた洋風のカフェでそれらについて語り明かした。
そんな僕らもまじめに女子部を作ろうということになり、近所の女子高の前の陰に隠れて何となく待ち伏せをしたものだった。
不幸にもそんな僕らに捕まってしまったのは、不覚にも中学時代、僕にくだらない小説などを借りに来るような可哀相な一つ年下の女の子だった。
「あら、胃薬さんこんなところでどうしたんですか?」
彼女はこんなシチュエーションでも無邪気にそう言ってくれた。
「小石に導かれるままここに来たんだ・・・」
僕がそう答えると池谷君は慌ててその辺にある小石を拾って彼女に見せた。
彼女はなんとなく池谷君が好きそうだったから、僕はまどろっこしい前置きをなしにして話を進めた。
「女子部を作ろうと思ってるんだ。入る?」
小学校の頃、クジラの肉が食べられなかった彼女の為にわざわざ下の階の教室に行き食べてあげた事が功を奏したのだろう・・・彼女は、
「いいですよ・・・何部だかよく解からないけど、今日6時に一度塾に行ければ後は大丈夫です。」
でも何か物足りない僕はこう付け加えた。
「アポリネールが僕らを待っているんだ。ギョームがね・・・ギョーム・・・だからこの場は去るにしても、君は早くもう一人のメンバーを連れて『M』というカフェに来るように・・・」
そう言って彼女を校門の前に残し、僕らは近くの古本屋へ向かった。
小学校の頃、二重飛びを超簡単に飛ぶ方法を教えてあげたのが功を奏したのだろう・・・彼女は30分後同級生を連れて『M』の細い梯子を登ってきた。
こうして僕らの部にも女子部ができ、僕と池谷君は『15~6歳の女子の恋愛感』というスキルを上げることが出来た。
当時から池谷君は背も高く、何となくインテリゲンチャな感じがしてモテるほうのタイプだった。
難しい話は分かり易く女の子に説明することも出来た。
僕なんかは、難しいのかも自分が理解しないまま勝手に明後日に持ち越すことを主としていたので、雲泥の差があった。
『ナイト2000』に託けて、彼との再会を本当に楽しみにしている。
そろそろ仕事中でも神田に行き、彼との再会の予習をしておかなければ・・・
郷愁だけでは終わらせられない今をまだ楽しむ余地はある・・・
指令(上司)の一言で僕は『AD00号』通称『零号機』をおろされた。
代わりに与えられたのは『人生』という名の660ccだった。
都合とは良くなる一方の言葉のように、願ったり叶ったりの結果だ。
もともと『零号機』を与えられる前、『ワゴンR指定』が僕のためにやってくるのだろう、と思っていたのだが、『比較的荷物を運ぶ人』に当時は認定されたためやってきたのがそれであった。
AM Redioしか聴けない、スピーカーが申し訳なさそうにチューナーの隣に付いている。(しかも音はそこからしか出てこない)
無意味に長いフェンダー。
硬いサスペンション・・・
3年も操縦していたので、慣れと諦めでどうでもよくなっていたときにこの朗報だ。
CDも付いているし、『j-wave』も聴ける・・・秀島史香が聴ける・・・
でも喜ぶと天邪鬼な指令(上司)の気分が変わりそうだから、
「軽ですか?あまり荷物積めませんね・・・」
的な不平を言ってみて彼を喜ばせた。
しかもETCの条件付で換えてくれるという。
『It's my Life♪』そのものだ!
今日も雨とはいえ快適に『No Music,No Life』していると、細い路地から飛び出してくる黒い物体があった。
危なくぶつかりそうになり慌ててブレーキを踏んだが、その黒い物体は『フォ~ン』という音と共に僕と垣根の間をすり抜けていった。
「な、ナイトライダーだ!な、な、ナイト2000だ!!」
僕は思わす声を上げてしまった。
僕はよく黒い僕の『イグニス号(スイフト)』に、
「KITT、今日も元気かい?」
なんて話しかけることがある。
ハタからみたら悲しい光景なのかもしれないが、黒いそれは僕にとっての『ナイト2000』なのだ。
『マイケル、そうでもないよ。』
なんて答えてくれそうな感じさえしていた。
でも本物には到底叶わない。
早速僕は友人の池谷君に電話をした。
「おい・・・な、な、ナイト2000見たよ!すげぇだろ?」
池谷君は少し迷惑そうに答えた。
「どうせただの黒い『トランザム』だろ?ていうか3年ぶりに電話を掛けてきてそれか?」
彼の計算の早さは昔から有名だった。
いきなり3年ぶりなんて僕には計算できない。
とりあえず何とか『ナイトライダー』談義に花を咲かせるため、次回の会合の約束まで扱ぎ付ける事が出来た。
池谷君と僕は高校時代、学校帰り神保町によく寄った。
散々古本屋を梯子して、古い雑誌や詩集などを買い漁り、『武家屋敷』と呼んでいた洋風のカフェでそれらについて語り明かした。
そんな僕らもまじめに女子部を作ろうということになり、近所の女子高の前の陰に隠れて何となく待ち伏せをしたものだった。
不幸にもそんな僕らに捕まってしまったのは、不覚にも中学時代、僕にくだらない小説などを借りに来るような可哀相な一つ年下の女の子だった。
「あら、胃薬さんこんなところでどうしたんですか?」
彼女はこんなシチュエーションでも無邪気にそう言ってくれた。
「小石に導かれるままここに来たんだ・・・」
僕がそう答えると池谷君は慌ててその辺にある小石を拾って彼女に見せた。
彼女はなんとなく池谷君が好きそうだったから、僕はまどろっこしい前置きをなしにして話を進めた。
「女子部を作ろうと思ってるんだ。入る?」
小学校の頃、クジラの肉が食べられなかった彼女の為にわざわざ下の階の教室に行き食べてあげた事が功を奏したのだろう・・・彼女は、
「いいですよ・・・何部だかよく解からないけど、今日6時に一度塾に行ければ後は大丈夫です。」
でも何か物足りない僕はこう付け加えた。
「アポリネールが僕らを待っているんだ。ギョームがね・・・ギョーム・・・だからこの場は去るにしても、君は早くもう一人のメンバーを連れて『M』というカフェに来るように・・・」
そう言って彼女を校門の前に残し、僕らは近くの古本屋へ向かった。
小学校の頃、二重飛びを超簡単に飛ぶ方法を教えてあげたのが功を奏したのだろう・・・彼女は30分後同級生を連れて『M』の細い梯子を登ってきた。
こうして僕らの部にも女子部ができ、僕と池谷君は『15~6歳の女子の恋愛感』というスキルを上げることが出来た。
当時から池谷君は背も高く、何となくインテリゲンチャな感じがしてモテるほうのタイプだった。
難しい話は分かり易く女の子に説明することも出来た。
僕なんかは、難しいのかも自分が理解しないまま勝手に明後日に持ち越すことを主としていたので、雲泥の差があった。
『ナイト2000』に託けて、彼との再会を本当に楽しみにしている。
そろそろ仕事中でも神田に行き、彼との再会の予習をしておかなければ・・・
郷愁だけでは終わらせられない今をまだ楽しむ余地はある・・・